こみゅにてぃあ

明日の天気は能天気。更新すると槍が振るかもしれないブログ

見るなよ?見るなよ?絶対に見るなよ…!!(`・ω・´)

このページは…「好きな数字は?」と聞かれたら

一瞬の迷いもなく「ラッキーセブン」と答える主が

ひょんなことから3という数字の魅力に考え耽る…物語である。

 

まずことわざを例に入れてみよう。

・3人寄れば文殊の知恵

・3度目の正直

・仏の顔も3度まで

・石の上にも3年

という風に、ことあるごとに3という数字を区切りにして物事の変化や縁起を担ぎ、仏の顔まで持ち出している。

ただ、石の上に3年乗っただけじゃ石の上にへこみができるくらいで何の変化もないような気がする…とかは言わない方が良いのだろうか。

 

それはさておき、その活躍はことわざだけにとどまらない。

三権分立や三転倒立、三日坊主小渕恵三安倍晋三など、数々の四字熟語にも採用されてきたという華々しい経歴もある。

(※最後の2つがおかしいというクレームはささやかながら受け付けております。)

初めは三権分立を唱えたモンテスキューの故郷、フランスから始まり次に逆立ちのネーミングにまで採用され、今度は坊主を皮肉したかと思えば、いつの間にか総理大臣にまで上り詰めているではありませんか!

こうしてついに日本のトップにまで上り詰め、すっかり世に浸透した3という数字の人気ぶりが、やはり現代からも読み取れるのである。

 

まずはハーフ芸能人。

ローラを筆頭にマギー、ユージ、JOY、リリコ(LiLiCo)等々…

人気のあるハーフ芸能人はみんなだいたいカタカナ3文字なのだ。

一方カタカナ3文字ではない芸能人は一体どうなったか?

重大なスキャンダルをすっぱ抜かれてどん底に陥る者もあればユニットが解散してイマイチパッとしなくなる者等…誰とは言わないがやはり芸名を3文字にしなかったが故の厄災が降りかかっているように思えてならない。

この様子からやはり3という数字から我々人類がどれだけの恩恵を受けているかが伺えるだろう。

ちなみにハーフ芸能人だけにとどまらず芸能界においても3という数字が流行っている。

ズバリそう、不倫だ。

不倫のどこが3なのだ?という同志(え?)のために…説明しよう!

 

[不倫とは…]

既婚の身であるにも関わらず、「夫が家を空けて帰ってこない…寂しい」「妻がモバゲーばかりで相手にしてくれない…寂しい」などの理由で別の異性と関係を持ってしまうこと。これには、自分・配偶者・不倫相手という3人の人間が絡んでいるため、自分の家庭、相手の家庭、そして法律を絡めるに絡めたれっきとした”三角関係”なのである。(制裁可)

 関連ワード:修羅場、ゲス、ベッキー

このように、1人でも2人でもなく3人の人間が集まることによって事が動くようになるのだ。

 

そしてauのCMでお馴染みの3太郎もその一味である。

桃太郎、浦島太郎、金太郎。 (人気順)

こちらも昔話に登場する太郎を3人チョイスしたというその人数設定が話題沸騰の契機になったと言っても過言ではない。

 

そして何より、3という数字を愛し、3という数字に愛される男。

古今東西どこを探しても、彼ら以上に3に相応しい人材はいないであろう逸材が存在するのだ。

それは紛れもなく… ダチョウ倶楽部

「冗談じゃない!」と思う人もいるかもしれないが本当に冗談じゃないのだ。

彼らの芸を振り返ってみよう。

熱湯風呂で披露するリアクション芸でお馴染みの煽り文句

「押すなよ!

 押すなよ!

 絶対に押すなよ!?」

こちらもご覧の通り計3回にわたる「押すなよ」により構成されている有名なリアクション芸である。

もしこんなセリフを芸人界の大先輩に言われたら

「押したら最後、業界干される」くらい強力的な禁止の意味で捉えてしまうが、ダチョウ倶楽部の場合は一味違う。

1回目と2回目はそのままの意味の通りで絶対に押してはいけない。

もし押そうものならオチが控えている3回目を聞くことなく笑いをとることになってしまうので、最悪ややウケという悲惨な結末を迎えることになる。

そしてポイントは最後の「絶対に押すなよ!」であるが、これは1・2回目の押してはいけない常識を根底から覆す「絶対に押せ!」という意味である。

3回目で意味が覆るというのが味噌で、ここで押されないとリアクション芸が成り立たず、これまでの煽りが全てパァになってしまうという大役なのだ。

ちなみにこの一芸、「三度目の押すなよ」の他にもう1つ重要な秘密が隠されているのをご存知だろうか?

例えをあげると麻薬乱用防止のキャッチフレーズとして「ダメ、絶対」という強い禁止を意味するワードが用いられているが、これが実は皮肉なことに、”人は強く禁止されればされる程したくなる”という深層心理があるので逆効果なのでは?と一部巷では囁かれているのというもの。

これを専門用語では「カリギュラ効果」というのだが、じゃあこれを逆手にとって、して欲しい場合は強く禁止することにより相手に意欲を沸かせることができるという高度な心理テクニックが隠されているのだ。

3回繰り返し言うことにより強調性を増し、三回目の前頭には「絶対に」という最早これは狙っているとしか思えないようなキーワードを盛り付け、熱湯リアクションの出来上がりという訳だ。

「押すなよ」と言いつつも本当は押してもらいたいのでこのカリギュラ効果を見事に使いこなした上島竜兵バカから紙一重で転身した天才なのだろうか。

そうしてお望み通り熱湯の彼方へと落とされる訳だが…

これもやはり本望ということにしておこう。

 

それでは最後に…見るなよ?他の記事も見るなよ?

絶対に見るなよ…!!(かすかな期待)

「ブスの本懐」を読んだ読者の本懐

”一目惚れ”とは、多分このことを言うのだろう。

「どのように面白いのか?」と聞かれたら、まず迷いなくカレー沢さんの文才が凄すぎる。

自称コミュ障という素振りを感じさせないくらい紙面上では饒舌で、もじりや言い回しがハイセンスなのである。

たまにマイクを持ったら人が変わるタイプの人がいるが、彼女の場合は筆を取ったら人が変わるタイプで間違いないだろう。

 

そしてまず、褒め称えるべきはタイトル(笑)

主は幸いにも、当時ノイタミナ枠で放送されていたおそらく原題と思われるアニメを見ていたからネタが分かったのだけれど、普通に考えたら横槍メンゴさんから本当に横槍入りそうなタイトルである(笑)

そんな反則スレスレのタイトルと、分かる人には分かるネタで手に取ってしまう方も多いのではないだろうか?

いやむしろ、「このタイトルの秀逸さが分からねぇ奴に用はねぇ」と本自ら読者を選んでいるような気さえしてきた。

ということは、実際手に取って購入してしまったわたしは選ばれし読者なのであろうか?(特に剣は持っていない)

という話はさておき、この本の魅力はというと、前書きから「ブスという兵器のごときデスワードを考えた奴はノーベル逆平和賞である」という秀逸な例えと言い回しで読者の心を鷲掴みにしてしまうことだ。

これを読んだら最後、次も読みたい!続きが気になる!という衝動に駆られ

「家に帰ってゆっくり読みたい」

「本屋で大声を出すわけには行かない」←笑いが止まらなくなるため

という理由により結果、購入に至ってしまうことをわが身により証明した。

タイトルにも書いたが、これ程までに「絶対に買って読みたい」と思える本に出合えたことは今の一度もなかった。

というのも、基本的に本が嫌いで他人が作り出した想像の産物に時間と金と労力を費やすなど飛んだ戯言だ!というモットーを持っていたからである。

そんな性格の人間が一瞬で心掴まれ、帰って速攻読破したというのだからこの本は多少の依存性があるのかもしれない。(確証はない)

そもそもこの本の何が凄いかって、書いてある内容は特に深刻なものではないし、有益な情報が得られるわけでもない。

偶に鋭く的を射た意見も登場するが、一個人の意見や感想として読む読み物以外の何物でもないし、作者自身もそれを自覚しているため何も期待しないで読むことを推奨している。

しかしそのとりとめもないことが彼女の話術によって生きた文章になり、読む価値があると思わせてくれるという一種のカレー沢マジックを堪能することができるのだ。

最早その秀逸な文章力によりこの本が保たれていると言っても過言ではない。

その辺の出所が怪しいどこぞやの宗教団体が主催しているような「幸せになる方法」というような公演を聞くよりも遥かに楽しい。

本書もそうなのだが、主は特にこの本を読んでから作者カレー沢氏についての興味が沸いた。

一体今までどんな人生を送って来たのか、どこでここまでの語彙力を身につけたのか、この人の頭の中は一体どうなっているのか、と。

そう思わせるほど文才があり、読者の興味を筆者にまで沸かせることができるとは…これが世にいうカリスマ性なの…か…!?

その実態は謎のベールに包まれているが、とりあえず悪い人ではなさそうだということが理解できたような気がする。(気のせいかな?)

 

ちなみに主が数あるテーマの中で一番心にグサッと刺さったのは

「傘を差さない女=努力できないブス率がかなり高い」

というテーマである。

初めてこれを見た時は「お主、なぜそれを…ッ!」

と冷や汗を垂らしたのは言ううまでもない。

もはや共感の域を通り越して監視されているのでは?という疑いまで浮上した。

そう、傘を差さない女とはまさしく主のことである。

そして努力できないブスもまた、主のことである。

なぜ傘を差さないのか?と聞かれたら理由も一律して

「面倒くさいから」である。本書の如き、その通りだ。

 

だが、待て!(`・ω・´)

傘を差さない理由は、単純にそれだけじゃない。

そもそも、傘をなぜ差すのかというと雨に濡れないためだ。

では、いざ傘をさすとなると例えば車からドアを開けて出る場合相当な労力を使うことになる。

まず、かばんを持ちながら両手で傘を開き

しかもドアが開いたと同時に雨がかかるので

それに濡れないよう避けながらドアの隙間からやっとのことで傘を開くのだ。

そこから先も傘の範囲から外れないよう器用に身を収めなければならないし、

なんなら車の鍵も閉めなくてはならないので定員2人のところに3人志願、定員オーバー状態なのである。

そんなこんなしている間に少なからず雨に濡れてしまっているし、外での滞在時間も長くなるため雨に晒される機会も多くなる。

しまいには目的地に到着後も”傘をしまう”という業務が人間をより一層苦しめる。

軒下など雨を避ける場所があれば良いが、そうでない場所ではしばらくの間雨に打たれながら傘をしまわなくてはいけないし、しまう前には必ずと言っていい程、傘についている水滴を一滴でも多く振り落とそうと傘を振り回すのだが、その際に少なくとも一滴か2滴は自分の身に降りかかっているというとんだ茶番劇を繰り広げる人も少なくなかろう。

鳥居みゆきもびっくりの見事なリリースアンドキャッチだ。

 

つまり、差しても差さなくても少なからず雨には濡れてしまうということ。

差したとしても濡れないで済むのは歩行中だけで、開いたり閉じたりする時間や動作中に差さないよりも濡れる確率が上がってしまうということ。

結果的に差した方が時間がかかるのでより多くの雨に濡れてしまうということ。

以上の点を考慮すれば、差さない生き方も魅力的に見えたのではないだろうか?

歩行中に濡れることを除けば傘の開閉の手間も省けるし車の乗り降りも圧倒的にスムーズだ。

このようにただ面倒くさいからという理由だけでなく、様々な要素をふんだんに盛り込んで考慮した結果、差さない方が効率的であるという合理的な理由も存在しているという現実も受け止めてもらいたいと思う。

あ、ちなみに流石にゴミ出しはパンイチでは行かない派だ。

とこのように本書を読んで考えることはいっぱいあった。

腹を抱えて笑うことはもっといっぱいあった。

最高に暇で最高に退屈な時に、最高に面白いこの本で最高の暇つぶしをするのが傘を差さないブスのおすすめだ。

では最後に、「ブスの本懐」ときたら作者は「縦槍メンゴ」かな?と思ってしまったことを深く反省してこの記事を締めくくることにする。 ~Fin~ 

もしポルノグラフィティがカップ焼きそばの作り方を書いたら

【美味しい召し上がり方】

この記事は菊池良氏著書の「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」を読んで一目で感銘を受け、すっかり心酔してしまった一読者による尊厳と遊び心をふんだんに盛り込んだカップ焼きそばパロディである。

本書の趣旨とは少し異なるかもしれないが、”この世界のどこかで”痛快極まりない想像を巡らせている変態の創造の産物を生温かい目で見守ると美味しくいただけると思います。

 

「カプヤ蝶」(かやく入れ忘れたバージョン)

 

ヒラリヒラリとラベルをはがし 姿見せたカップ焼きそば

夏の夜の真ん中 月の下

喜びとしてのソース 憂いを帯びたかやくに

世の果てに似ている乾燥めん

 

旅人に尋ねてみた どこまで注ぐかと

いつになればできるのかと

旅人は答えた 線まで注いだら

5分待てばできるのだと

 

そう…じゃあ お湯を注いで フタをしたのはずっと前で

ここに未だ還らない

かやくを入れ忘れたと気づいたのは

今更になってだった

 

あなたに遭えた それだけでよかった

世界に焦りが満ちた

最初に入れるだけでよかったのに

食されたいと願ってしまった

世界が表情を変えた

カップの中で麺とお湯が交じる

 

製造会社がひとつのこのかやくに込めた 

味をついに知ることはない

そう それは友に 他の消費者に届けばいいと思う

 

もしこれが戯曲なら なんてひどいストーリーだろう

進むことも戻ることもできずに

ただ一人シンクに立っているだけなのだから

 

あなたが望むのなら このかやく

いつでも差し出していい

降り注ぐ青のりの盾になろう

ただそこに一袋残った このかやくを

すくいあげて シンクの隅において

 

あなたに遭えた それだけでよかった

世界に焦りが満ちた

最初に入れるだけでよかったのに

食されたいと願ってしまった

世界が表情を変えた

カップの中でソースと麺が交じる

 

荒野に咲いたカップ焼きそば

揺らぐそのかやくの向こう

近づくことはできないマヨネーズ

あったかい水をください

できたらもどしてください

もう一お湯を沸かしておくれ

 

 【おわりに】

っしゃー!歌いきったぞー!(`・ω・´)

思いのほか歌詞がハマりすぎて震えてる私って一体…?((((;゚ω゚))))

かやくを入れ忘れたという定で話を進めたら

みるみるうちにハマる、ハマる!

改めてポルノさんの凄さを思い知りましたね!(違う)

ただ、タイトルがどうしても思い浮かばなかったので無理やり縮めて”蝶”を絡めたのはちょっと不味かったですかね?

他に良いタイトルあればトッピングしてくださると嬉しです。

もし小田和正がカップ焼きそばの作り方を書いたら

【美味しい召し上がり方】

この記事は菊池良氏著書の「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」を読んで一目で感銘を受け、すっかり心酔してしまった一読者による尊厳と遊び心をふんだんに盛り込んだカップ焼きそばパロディである。

 

本書の趣旨とは少し異なるかもしれないが、”この世界のどこかで”痛快極まりない想像を巡らせている変態の創造の産物を生温かい目で見守ると美味しくいただけると思います。

 

 

 

「カップ焼きそばは突然に」

 

作詞:この地球のどこかで

作曲:小田和正

 

何から始めればいいのか 分からないまま時は流れて

フタを開け かやく出す ありふれた手順だけ

君があんまり素敵だから お湯かけるの心許なくて

多分もうすぐ お湯も沸いて 5分待つだけ

 

あの火 あのお湯 あのソースで

君を混ぜ合わせたら

かやくはいつまでも フタに貼りついた…まま

 

誰かが甘く誘う言葉に もう心揺れたりしないで

切ないけど そんなふうに こころは湯切れない

明日になれば君はきっと 今よりもっとふやけてる

そのすべてがカップの中で 時を超えていく

 

君のために僕は食べる 麺をすすり続ける

やわらかく君を包む あのマヨネーズ

 

あの火 あのお湯 あのソースで

君を混ぜ合わせたら

かやくはいつまでも フタに貼りついたまま

 

今 ソースが飛び散った

箸を止めて 服を寄せて

ぼくは忘れない(忘れない~)この日を

いくらこすっても もう取れない

 

君のために僕は食べる 麺をすすり続ける

やわらかく君を包む あのマヨネーズ

 

あの火 あのお湯 あのソースで

君を混ぜ合わせたら

かやくはいつまでも フタに貼りついたまま

 

誰かが甘く誘う言葉に もう心揺れたりしないで

君を包む あのマヨネーズ

 

あの火 あのお湯 あのソースで

君を混ぜ合わせたら

かやくはいつまでも フタに貼りついたまま

 

 

【おわりに】

最後のサビ連続はちょっとくどかったでしょうか?

かやくが何度もフタにくっついてしまいましたね。

元の歌詞をベースに特製のソースをかけたら

替え歌みたいになってしまいましたが決して小田さんをバカにしているわけではないです。ただこの歌詞とメロディーがカップ焼きそばにピッタリだな~と思い食さずにはいられなかっただけです~はい~。

私自身年に1度カップ焼きそばを食べるか食べないかですが、かやくがフタに張り付くのは知る人ぞ知るあるあるだと思います。

しかし我ながらなかなかの完成度です。ぱちぱち。

ちょっとしばらくはまりそうなので専用のタグまで作ってしまいました。

ちょくちょくいろんなカップ焼きそば作ってますのでよければ遊びに来てください。