こみゅにてぃあ

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「ブスの本懐」を読んだ読者の本懐


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”一目惚れ”とは、多分このことを言うのだろう。

「どのように面白いのか?」と聞かれたら、まず迷いなくカレー沢さんの文才が凄すぎる。

自称コミュ障という素振りを感じさせないくらい紙面上では饒舌で、もじりや言い回しがハイセンスなのである。

たまにマイクを持ったら人が変わるタイプの人がいるが、彼女の場合は筆を取ったら人が変わるタイプで間違いないだろう。

 

そしてまず、褒め称えるべきはタイトル(笑)

主は幸いにも、当時ノイタミナ枠で放送されていたおそらく原題と思われるアニメを見ていたからネタが分かったのだけれど、普通に考えたら横槍メンゴさんから本当に横槍入りそうなタイトルである(笑)

そんな反則スレスレのタイトルと、分かる人には分かるネタで手に取ってしまう方も多いのではないだろうか?

いやむしろ、「このタイトルの秀逸さが分からねぇ奴に用はねぇ」と本自ら読者を選んでいるような気さえしてきた。

ということは、実際手に取って購入してしまったわたしは選ばれし読者なのであろうか?(特に剣は持っていない)

という話はさておき、この本の魅力はというと、前書きから「ブスという兵器のごときデスワードを考えた奴はノーベル逆平和賞である」という秀逸な例えと言い回しで読者の心を鷲掴みにしてしまうことだ。

これを読んだら最後、次も読みたい!続きが気になる!という衝動に駆られ

「家に帰ってゆっくり読みたい」

「本屋で大声を出すわけには行かない」←笑いが止まらなくなるため

という理由により結果、購入に至ってしまうことをわが身により証明した。

タイトルにも書いたが、これ程までに「絶対に買って読みたい」と思える本に出合えたことは今の一度もなかった。

というのも、基本的に本が嫌いで他人が作り出した想像の産物に時間と金と労力を費やすなど飛んだ戯言だ!というモットーを持っていたからである。

そんな性格の人間が一瞬で心掴まれ、帰って速攻読破したというのだからこの本は多少の依存性があるのかもしれない。(確証はない)

そもそもこの本の何が凄いかって、書いてある内容は特に深刻なものではないし、有益な情報が得られるわけでもない。

偶に鋭く的を射た意見も登場するが、一個人の意見や感想として読む読み物以外の何物でもないし、作者自身もそれを自覚しているため何も期待しないで読むことを推奨している。

しかしそのとりとめもないことが彼女の話術によって生きた文章になり、読む価値があると思わせてくれるという一種のカレー沢マジックを堪能することができるのだ。

最早その秀逸な文章力によりこの本が保たれていると言っても過言ではない。

その辺の出所が怪しいどこぞやの宗教団体が主催しているような「幸せになる方法」というような公演を聞くよりも遥かに楽しい。

本書もそうなのだが、主は特にこの本を読んでから作者カレー沢氏についての興味が沸いた。

一体今までどんな人生を送って来たのか、どこでここまでの語彙力を身につけたのか、この人の頭の中は一体どうなっているのか、と。

そう思わせるほど文才があり、読者の興味を筆者にまで沸かせることができるとは…これが世にいうカリスマ性なの…か…!?

その実態は謎のベールに包まれているが、とりあえず悪い人ではなさそうだということが理解できたような気がする。(気のせいかな?)

 

ちなみに主が数あるテーマの中で一番心にグサッと刺さったのは

「傘を差さない女=努力できないブス率がかなり高い」

というテーマである。

初めてこれを見た時は「お主、なぜそれを…ッ!」

と冷や汗を垂らしたのは言ううまでもない。

もはや共感の域を通り越して監視されているのでは?という疑いまで浮上した。

そう、傘を差さない女とはまさしく主のことである。

そして努力できないブスもまた、主のことである。

なぜ傘を差さないのか?と聞かれたら理由も一律して

「面倒くさいから」である。本書の如き、その通りだ。

 

だが、待て!(`・ω・´)

傘を差さない理由は、単純にそれだけじゃない。

そもそも、傘をなぜ差すのかというと雨に濡れないためだ。

では、いざ傘をさすとなると例えば車からドアを開けて出る場合相当な労力を使うことになる。

まず、かばんを持ちながら両手で傘を開き

しかもドアが開いたと同時に雨がかかるので

それに濡れないよう避けながらドアの隙間からやっとのことで傘を開くのだ。

そこから先も傘の範囲から外れないよう器用に身を収めなければならないし、

なんなら車の鍵も閉めなくてはならないので定員2人のところに3人志願、定員オーバー状態なのである。

そんなこんなしている間に少なからず雨に濡れてしまっているし、外での滞在時間も長くなるため雨に晒される機会も多くなる。

しまいには目的地に到着後も”傘をしまう”という業務が人間をより一層苦しめる。

軒下など雨を避ける場所があれば良いが、そうでない場所ではしばらくの間雨に打たれながら傘をしまわなくてはいけないし、しまう前には必ずと言っていい程、傘についている水滴を一滴でも多く振り落とそうと傘を振り回すのだが、その際に少なくとも一滴か2滴は自分の身に降りかかっているというとんだ茶番劇を繰り広げる人も少なくなかろう。

鳥居みゆきもびっくりの見事なリリースアンドキャッチだ。

 

つまり、差しても差さなくても少なからず雨には濡れてしまうということ。

差したとしても濡れないで済むのは歩行中だけで、開いたり閉じたりする時間や動作中に差さないよりも濡れる確率が上がってしまうということ。

結果的に差した方が時間がかかるのでより多くの雨に濡れてしまうということ。

以上の点を考慮すれば、差さない生き方も魅力的に見えたのではないだろうか?

歩行中に濡れることを除けば傘の開閉の手間も省けるし車の乗り降りも圧倒的にスムーズだ。

このようにただ面倒くさいからという理由だけでなく、様々な要素をふんだんに盛り込んで考慮した結果、差さない方が効率的であるという合理的な理由も存在しているという現実も受け止めてもらいたいと思う。

あ、ちなみに流石にゴミ出しはパンイチでは行かない派だ。

とこのように本書を読んで考えることはいっぱいあった。

腹を抱えて笑うことはもっといっぱいあった。

最高に暇で最高に退屈な時に、最高に面白いこの本で最高の暇つぶしをするのが傘を差さないブスのおすすめだ。

では最後に、「ブスの本懐」ときたら作者は「縦槍メンゴ」かな?と思ってしまったことを深く反省してこの記事を締めくくることにする。 ~Fin~